セーラームーンS7話に見る、スキと同化と自己実現の話

セーラームーンSの7話を見て感じることがあったので話をしたい。

現在、セーラームーンcrystalの劇場版を記念して、旧アニメの無印からSまでがセーラームーン公式によってyoutubeで公開されている。
news-sailormoon.jp

これを機会にセーラームーンを久々に見ている。私は元々『S』までしか見たことがなかったので『superS』以降も配信して欲しかったところだが劇場版との兼ね合いがあるのだろうか。そのうち自分で金出して見ようか。因みに私『crystal』は見ていない。

ちょっと関係ない話になるけれども、今年6月オープンのスモールワールズ東京ではセーラームーン麻布十番を模したミニチュアが展示されている。私も一度行ってきたけれども素晴らしい施設であることを保証するので、行ったことがない方は是非とも足を運ぶことをオススメする。
www.smallworlds.jp


前置きはさておき、『S』の7話の話をしたいと思う。
美少女戦士セーラームーンS』7話「冷酷なウラヌス?まことのピンチ」
脚本榎戸洋司/コンテ宇田鋼之介/作監安藤正浩

セーラージュピターこと木野まこと主役回にして、『ウテナ』や『スタードライバー』などで知られる榎戸洋司氏が初めてセーラームーンで腕を振るった回である。榎戸洋司氏と言えば、ジェンダーとか大人子供とかのメタを用いながら自己実現がテーマの物語を手掛けている印象がある。『トップをねらえ!2』なんかもそうだし。
この回もテーマは自己実現がテーマであると言っていいと思う。

【簡単かつテキトーなあらすじまとめ】
通学中にバイクに轢かれかけるうさぎと木野まこと。咄嗟にうさぎを守った木野まことは手に怪我を負う。バイクに乗っていたのは考え事をしていた天王はるかだった。天王はるかに応急処置として手にスカーフを巻いてもらった木野まこと天王はるかに熱いまなざしを送るようになる。スカーフを口実にはるかに会いたいと考える木野まことであったが、翌日通学中に風で飛ばされたスカーフがダイモーンになってしまい心の結晶を狙われることとなる。ダイモーンのターゲットである木野まことをマークして心の結晶をいち早く手に入れたいセーラーウラヌスこと天王はるかは、木野まことをドライブデートに誘う。デート先でダイモーンが出現(以下略)、セーラー戦士勢揃いでダイモーンを倒す。木野まことは、自分を嵌めたウラヌスの正体とは知らず天王はるかの擦りむいた手に返ってきたスカーフを巻き、その無事を泣いて喜ぶ。後日、ブティックにてスカーフを巻いてカッコよく決めポーズする木野まことの姿があった。

【今回の主役】
もちろん今回は言わずもがな木野まことの成長を描いている訳なんですが。
冒頭でまことはうさぎにさりげなくコンプレックスに伴う思いを打ち明けている。
まこと「私の料理(が上手いの)は才能とかじゃないよ、でかくて、男っぽい女だから、せめて料理くらいはって思うのさ」
元々身体が大きいことは彼女のコンプレックスではあったが、料理上手はそれを補いうる女らしさとして努力して手に入れたスキルであるという事実が判明する。
木野まことは身体が大きく喧嘩が強いが家事が得意で、イケメンを見ると直ぐに「好きだった先輩に似ている、、」と頬を赤らめる、惚れっぽい乙女、というようなキャラ付けがされていて、火野レイ愛野美奈子に比べると自立性はやや低いように見受けられる。

木野まことの可能性の話】
そんな彼女がイケメンの天王はるかに手にスカーフを巻いてもらって、いつものように惚れるところからこの7話はスタートする。ただいつもと違うのは天王はるかは女性であるということ。天王はるかは「男役」として惚れられていて、ここには可能性が感じられる。木野まこと天王はるかになれたかもしれない可能性である。
天王はるかは割に自由に男と女を行き来するし、特別男らしさとか女らしさとかに縛られずに生きている。なんなら男女を意識する他人に対して容貌を利用し男女を使い分けてみせてさえいる。
天王はるかになれたかもしれない可能性」と言うが、何も天王はるかのような「男役」もこなせるキャラクターにもなれたということではなくて、自分の(本人曰く男っぽい)容姿を利用してみせる女にもなれたんじゃないかという話である。
※でもさあ、木野まことって背が高いだけで全然男っぽくないというか普通に可愛いデザインだと思うのよねえ

【そして可能性は】
木野まこと天王はるかに惚れ、スカーフを返すことを口実に会いたいと考えるし、ドライブデートにはひょいひょいついていく。デート先の海辺では「はるかさんステキ……」とうっとり見惚れる。惚れやすい彼女にとってはいつものことではあるけれど、完全に恋する乙女である。実際カッコイイし綺麗だしね。劇中でも木野まこと以外にも惚れた女の子は数知れずだった。
しかしそんな木野まことに入る仲間からの通信。まだ男を諦めちゃいけない、と言われ返す彼女の返答は「はるかさんカッコいいだろ、そのかっこよさに憧れるんだ」とのことで、いつもの惚れ気とはどうやら少し違うことが伺える。木野まこと天王はるかに対する「スキ」には羨望が含まれている。天王はるかという「イケメン」にいつものように惚れているうちに、「男っぽい」という自分の個性を「女っぽさ」で中和している自分と比較して、余りにも「男っぽさ」を謳歌している同性の天王はるかに憧れたのだ。
それじゃ今回の「スキ」は異性愛(話が面倒なので便宜上そういう呼称にする)ではなくなったのかと言うとそうではない。
「スキ」には相手の違うところを受け入れあっていくという要素があるとは思うのだが、その前に先ず最初に立つものは同化なのではなかろうか。

【スキと同化】
今回の木野まこと天王はるかを「スキ」になって、手をつなぐとかキスとかセックスとかしたいと思うのではなく、あたしもああなりたい、と思った。両者は違うようでいて本質的には同じようなものである。セックスに至るような性愛だって、相手の存在の一部を所有しあう関係になる。互いの一部を所有する行為ってそれは実質同化なのでは?
共通のものを見つけて情が湧いて、一つになる。男女とか関係なしに、この世でよくあることだろう、珍しくもない。「スキ」がもたらす結果は様々だが、「スキ」の性質自体は基本的に変わらないものであると思う。
変な話になってきたが、つまり私がここで言いたいのは、木野まことの「スキ」はいつの間にか別のものに取って代わられた訳ではないということだ。
ダイモーンを倒した後、手を擦りむいている天王はるかにスカーフを巻き返し、その無事を涙ぐんで喜ぶ。顔を赤らめていかにも女の子然の表情ではあるが天王はるかに対して「スカーフを巻く側」になった。
まこと「やっぱりはるかさんはステキだ、いつか私もはるかさんみたいにステキな女性になりたい」とのことで、「男っぽさ」を謳歌している彼女をステキな女性であると認識して、「女っぽさ」で中和してない自分も「ステキな女性」になれる、という気付きが感じられる。

自己実現
そんな訳で木野まことの惚れ気は同化意識へと昇華、自分もああなりたいと思うに至り、ブティックでささやかな変身を試みている姿が観察されてこの話は幕を閉じる。自己実現はいつだって「更にスキな自分」への変身である。木野まこと天王はるかをスキになって、中和していない自分のこともスキになって、「更にスキな自分」への変身に踏み出すことが出来た。自己愛だろうと他者愛だろうと、「スキ」は変身するための力をくれる。


木野まことが「男っぽさ」という言い方を使うので「男っぽさ」「女っぽさ」という表現を用いましたけども、そんな男女感に縛られたような言葉を使わずともこのニュアンスを出すことって不可能なのかしら。何かないですかね。
おわり

※【余談】
デートに繰り出す木野まことに関して「いくらカッコよくたって女の人を追いかけるなんて信じらんない」とコメントして、「レイちゃんだってこんなの持ってるくせに」、とうさぎに宝塚系の写真集?を引っ張り出される火野レイが最高すぎる。この女はちょっと頭で考えすぎるところがあるからこんな言葉が出てくるけれど、本能では大して気にしてないんですよね。この回ではないけれど、天王はるかに後ろに乗ってくかい?と誘われればキャー嬉しいと抱きついてみせるし、「可愛くある自分であるため」にそういうムーヴも一切辞さない。自立性が高い。。。こういう女がいい女です。